少年は罪を犯していた。 それはとても辛く、それはとても苦しい罪を。 でもどうしてこんなことを自分がしてしまったのかはよく分からない。 なぜなら彼が罪を犯している間、彼は夢現《ゆめうつつ》の状態で、意識がないも同然だったのだから。 より正確に言うならば、一応意識があったと言うべきだ。 しかし、その意識はとてもぼんやりしたもので、夢と現実の境界が曖昧なままで犯した罪だった。 もし彼がはっきりと意識を持っていたのなら、きっとこんなことはしなかった。 そう思うからこそ、彼は反乱を犯した。 自分に罪を犯させた人間に対する反乱を。 周りは火の海。そして大量の死体が転がっていた。そのどれもコレも、刃によって心臓を一突きにされたもの、胴体を真っ二つにされたもの、首をはね飛ばされたもの。そういった死体ばかりだ。 そして彼の眼前には、大きな鎌を持った1人の男が立っている。 長身で細身。頬からは血が流れている。 少年はその男に対して何かを言った。 「フン! 今になって何を言っている! お前の罪はもうなくならない。お前が俺達の後ろ盾を失ったところで、裁かれるだけだ!」 少年は反発して、何かを言い返す。 「ああ……もういい。大人しく人形を演じていればよかったものを……正気に戻ったことを公開するがいい!」 男は少年を殺そうと大鎌を振るい、少年へと向ける。 そして、少年は、また罪を犯した。 ――もう……イヤダ。 地獄だ……。ここは地獄だ。 人を殺すためになんか生きたくない。 この世に神がいるのならどうか自分を裁いて欲しい。 死ぬことで、それで罪滅ぼしができるのならぜひともそうさせて欲しい。 少年の瞳からは涙が流れていた。 自分に未来などない。誰かが自分に報復のためにやってくる。 それが怖くて、少年は逃げ出した。 誰から? 何から? そんなことは知らない。とにかくその場で黙っていることが怖くて走って逃げ出そうと思ったのだ。 その途中、ふと足に違和感を感じ。彼は転ぶ。 自分の足を確認する。すると、左足のくるぶしから小さな虫が現れた。 ――!! 『ニゲラレル……トオモッテイルノカ?』 ――……! ……! ……! 小さな虫は次から次へとくるぶしから生えてきて自分の体を這い回る。 少年はさらに泣いた。 こんな風に終わるのが自分の最後? いやだ……。 いやだ、いやだ、いやだ、いやだ! ――ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! イヤダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 少年は泣き叫び、助けを請うた。その声を聞き届けたものは誰もいなかった。 「……!!」 朝の光が目に飛び込んでくる。 ――ああ、夢か……。 とても嫌な夢を見たと思う。よりによって今日みたいな日にこんな夢を見るとは……。 少年、鉄零児《くろがねれいじ》は思った。 短髪の髪の毛に、大人と子供の中間とも言える顔立ちをしている。 零児は落ち着いて辺りを見渡す。 ここは零児の部屋だ。 きっちりじゅうたんが敷かれ、白い床と天井。窓を開ければテラスがある。零児は基本的に読書が趣味で部屋にはいくつかの本棚が並んでいる。 一庶民が住むにしては少々豪華すぎると思う。それも今日でお別れだと思うと感慨深い。 ――俺は……ここで育ったんだよな……。 今から6年前。零児はこの家の主である、カイルという男に拾われた。 以来ずっとここで暮らしていた。 彼は多くの人を殺した罪を抱えていた。その理由はよく分からない。 数え切れないくらいの人間の命を手にかけたことは覚えている。そして、それを自覚した時に感じた強い悔いも感じていた。 だが、彼を裁くものはいなかった。それを疑問に思いながらも彼は6年間この家で育った。 だけど、できることならその罪滅ぼしをしたい。そう思ってもいた。 「お〜い! レイちゃ〜ん! 朝だぞー!」 思い出に浸っていると、元気な声が部屋の外から聞こえてくる。 堂々とその扉を開けて、1人の少女が姿を現した。 零児の幼馴染である白銀火乃木《しろがねひのき》だ。 腰まで届くほどの黒髪を白いリボンで一まとめにしており、青く大きな瞳が幼さを増長させると同時に活発な印象を与える。服装はロングで緑色の巻きスカートをはいており、上半身は黄土色で半袖のシャツと言う開放的な姿だ。 幼さを残す容姿なのに、ロングの巻きスカートと言う組み合わせが妙に大人らしく見える。火乃木自身の背が零児より高いこともその要因だろう。 「ありゃ、珍しくレイちゃんが起きてる……!」 「珍しくってなんだよ!」 火乃木はいつも定時に起こしに来る。だが、今日はいつもよりも早かった。 いつも火乃木は7時前くらいに起こしに来るのに、今日は6時半だ。 「お前も眠れなかったのか?」 「え? ん〜っと……まあね……」 火乃木はモジモジとした感じで答えた。 火乃木は零児と同じ時期に、もっと言ってしまえば零児と同じ日にカイルの容姿として拾われた少女だった。 以来共に暮らしている。そして、今日は彼女にとっても特別な日だった。 「今日で、この家ともお別れだね……」 「ああ……」 感慨深げに火乃木は言う。 そう、今日零児と火乃木はこの家を出て行く。 零児は過去に己の犯した罪を償うため。火乃木はその手伝いをするためだ。 「先に下に行っててくれ」 「うん」 零児に言われ、火乃木は部屋から退室した。 「時間が経つのは早いものだね。零児、火乃木」 財布と2本の短剣を腰に持った零児と、魔術師の杖を持った火乃木の前で1人の男が言った。 今まで零児と火乃木の面倒を見てくれていた、カイル・エルマンだ。 カイルはここ、アルジニス国の首都、パーソンの市長だ。 「今までお世話になりました」 零児は深く頭を下げる。火乃木も同じだ。 「ああ。零児、火乃木。もし辛いことや苦しいことがあった場合、すぐに帰ってくるんだ。私はお前たちの無事を、常に祈っている」 「気持ちは……嬉しいです。ですが、いつまでも貴方に養ってもらうわけにはいきません。それに……」 零児はそこで1度切る。言いたいことはいくつもある。しかし、結果として零児は一言だけ伝えた。 「俺が決めたことですから」 「そうか……」 カイルは柔和な笑みを崩さず、零児の言い分を尊重する。 「気をつけてな」 カイルもまたそれだけ告げる。 零児と火乃木はカイルに背を向け、自分達が長い間暮らした家を後にした。 |
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